血管内皮機能研究

内皮由来弛緩因子

 血管内皮細胞は、内皮由来弛緩因子 (endothelium-derived relaxing factor: EDRF) と総称される血管弛緩因子を産生・遊離して、血管恒常性を維持しています。(図1)

 EDRFには3種類の因子があり、プロスタサイクリン (prostacyclin: PGI2) に代表される血管拡張性プロスタグランジン類、一酸化窒素 (nitric oxide: NO)、内皮由来過分極因子 (endothelium-derived hyperpolarizing factor: EDHF) の順に発見・同定されてきました。動物種や血管床に依らない普遍的な現象として、これらEDRFの血管弛緩反応への寄与度は血管径に応じて大きく異なることが知られています。(図2) PGI2を代表とする血管拡張性プロスタグランジン類の寄与度は他者より小さいながら血管径によらずほぼ一定の関与があります。一方、NOは比較的太い血管 (大動脈、心外表面の冠動脈などの導管血管) における血管弛緩反応に大きく寄与していますが、血管径が細くなるにつれてその役割をEDHFへゆずり、細い血管 (腸間膜動脈分枝や冠微小血管などの抵抗血管) ではEDHFによる血管弛緩反応が主となることで、生理的なバランスが取られています。(図2)

図1

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図2

ph_b_2


EDHF

 EDHFとは、血管拡張性プロスタグランジン類およびNOの合成を阻害した条件下でもなお残存する、血管内皮依存性の血管拡張反応を惹起する因子で、血管平滑筋の過分極反応を介してこれを弛緩させる因子と定義されています。EDHFの本体は動物種や血管床によって異なり、アラキドン酸から産生されるエポキシエイコサトリエン酸 (epoxyeicosatrienoic acids: EETs)、ギャップ結合を介する電気的伝播、カリウムイオン、過酸化水素 (hydrogen peroxide: H2O2) などがあります。(図1) 冠循環ではH2O2が血管拡張性物質として機能し、冠循環の自動調整能、虚血再灌流後傷害に対する保護、頻脈誘発性の代謝性血管拡張反応などの重要な働きを担っています。(図1)

当科の最近の研究成果

 当科のこれまでの研究で、冠循環の制御、血圧の調節、代謝機能など、血圧や臓器血流を規定する抵抗血管において重要なEDHFの役割を明らかにしてきました。近年、冠動脈に有意狭窄などの器質的異常に依らない狭心痛の原因として、冠微小血管機能障害 (coronary microvascular dysfunction: CMD) が注目されています。微小血管狭心症患者の末梢血管 (指尖細動脈) において、前述した主要なEDRFであるNOとEDHFを介した血管拡張反応が著明に低下していることを世界で初めて明らかにしました。この結果は、微小血管狭心症の新たな治療戦略の開発へつながる可能性があります。今後の研究では, NOとEDHFの生理的なバランスを保ちながら血管内皮機能障害と密接な関係のある心血管病の病態を解明し新たな治療戦略を開発することを目指しています。